多胎家庭に対する育児支援の重要性を強調する場合に、虐待予防が理由の一つにあげられることは良くご存知だと思います。しかし、虐待の実態や実数を把握することは、それほど容易なことではありません。そうした中で、一番把握されやすいものの一つが、虐待による死亡(虐待死)の事例です。一般に、多胎児あるいは多胎家庭では虐待が発生しやすいといわれます。育児負担の大きさを考えれば、感覚的には理解できるかもしれません。しかし、このことを具体的に示す根拠は、国内にはほとんどありません。今から20年以上前に全国の医療機関で行われた、虐待による入院の調査が唯一おおやけになっているものです。そこで、多胎育児支援の基礎資料として、多胎児および多胎家庭では虐待死事例が多いのかどうかを最新の資料を基に検討したので、その結果をお知らせします。なお、この結果は今春に公表したものです(Environ Health Prev Med. 2013 Apr 5. [雑誌公開前にWeb公開])。
データとして用いたのは、厚生労働省が公表する「子ども虐待による死亡事例等の検証結果等について」(第1次~第8次報告(最新))です。これは、多胎に関する虐待情報がわかる数少ない全国データです。この中には、2003年7月から2011年3月までに把握された、18歳未満の小児の虐待死事例の数および、家庭の要因、児の要因、育児環境などの背景因子が集計結果として掲載されています。しかし、どのような要因が虐待死の発生頻度を高めているのかは具体的に分析されていません。また、プライバシーの保護もあり、個別の事例についての詳しい記録はほとんどありません。虐待死事例は、親子心中(未遂を含む)事例とそれ以外に分けて報告されています。今回は親子心中については分析から除きました。親子心中では、また違った要素が関わっていると思われたからです。
さて、調査期間中に437児の虐待死事例が報告されており、その中で多胎児は13家庭に14児いることがわかりました。一般集団のなかで多胎児は、最近10年間ではおよそ2%程度です。ですから、437人中14児(3%)はやや多いかな、という感じです。実際には、人口動態統計を基に、やや専門的に発生頻度を推定します。ごく簡単にいうと、2003年7月から2011年3月までに生存したとみなされる、0歳から17歳までのすべての単胎児と多胎児について、それぞれの生存期間(例えば、2003年7月生まれであれば、2011年3月までのおよそ7年9か月)を見積もり、単胎児と多胎児に分けて虐待死事例の発生頻度(のべ生存期間に対する事例数)を推定してから、多胎児では何倍多いかを計算していきます。
虐待死事例の報告では、母親や家庭の情報が得られないこと(欠損値といいます)が多く、多胎児かどうかがわからない場合もあるので、欠損値を含めた場合と除いた場合の2通りの推定をしました。欠損値を含める場合には、結果を過大評価しない(最低ラインを見積もる)ために、単胎児(一般には、リスクが低い方)とみなしました。
詳しく分析すると、多胎児は単胎児に比べて、欠損値を含めた場合にはおよそ2倍(1.8)、欠損値を除くとおよそ3倍(2.7)、虐待死の発生頻度が高まると推定されました。これを「家庭」として計算してみると、多胎家庭は単胎家庭に比べて、欠損値を含めた場合にはおよそ4倍(3.6)、 欠損値を除くと およそ5倍(4.9) 虐待死の発生頻度が高まります。多胎家庭では、単胎家庭よりも一家庭当たりの子どもの総数が平均的に2倍弱ほど多くなります。この結果はそれを反映しています。
多胎に関する以上の値を、10代妊娠による児や低出生体重児など、他のリスク要因と比較してみます。10代妊娠では20歳以上妊娠に比べて、欠損値を含めた場合にはおよそ13倍(12.9)、欠損値を除くとおよそ22倍(22.2)虐待死の発生頻度が高くなります。低出生体重児では非低出生体重児と比べて、欠損値を含めた場合にはおよそ1.5倍(1.4)、欠損値を除くとおよそ3倍(2.9)虐待死の発生頻度が高くなります。以上のように、多胎児であるということによる虐待死の発生頻度は、10代妊娠に比較すればかなり低い値ですが、低出生体重児と比較すると、やや高い値となります。7年半分の全国データとはいえ、まだまだ、事例数は少ないので(事例数が0になることが本来目指すべきことですが…)結果の数値は暫定的なものです。
一般に、多胎に関する母子保健統計は児(子ども)あたりでリスクを推定されます。しかし、多胎児は同じ家庭で同時に育てられることが一般的であり、これが育児負担の主因であることを考えれば、そのリスクは家庭あたりで(つまり、2人以上の多胎児の合計として)考えるべきでしょう。すると、多胎家庭は単胎家庭に比べて、4-5倍くらい虐待死の発生頻度が高いといえそうです。この結果をどう感じるでしょうか。多胎家庭の虐待リスクのみを強調する必要はありませんが、このような厳しい育児の現実も知っておかれるとよいでしょう。多胎妊娠では、医学的リスクに加えて、出生後の育児負担が大きいことが、別の全国調査により示されています(メールマガジン33号)。こうした裏付けからも妊娠期からの早期の支援と、必要に応じた介入が必要であるといえます。
多胎に関する個別の虐待死事例を検討した結果については、機会があれば改めてご紹介します。
大木秀一 石川県立看護大学健康科学講座
JAMBA News №35号 より