2014/06/27「妊娠の種類別に見た多胎出産について~最近の新聞記事から」

 「誘発剤で多胎妊娠、年1000件…4割が飲み薬」(2013年7月8日 読売新聞)という記事をご覧になった方もいると思います。要旨は、「排卵誘発剤を用いた一般的な不妊治療でのふたごや三つ子の多胎妊娠が、2011年1年間に少なくとも約1000件(1084件)あり、うち約4割が、飲み薬の排卵誘発剤によるものだったことが、日本産科婦人科学会による初の実態調査でわかった。調査は、昨年1月、全国産婦人科(5783施設)にアンケートをし、3571施設が回答(回答率62%)した。」というものです。調査結果は、日本産科婦人科学会の生殖・内分泌委員会報告65巻6号(https://www.jsog.or.jp/activity/pdf/seishokunaibunpitsu_vol65no6.pdf)に掲載されています。

 この記事の内容や背景を理解するために、不妊治療と多胎の増加について若干の解説をしておきます。

 妊娠の種類には自然妊娠と不妊治療による妊娠があります。そして、不妊治療による妊娠は生殖補助医療(ART:体外受精・胚移植、顕微授精など)とそれ以外の一般不妊治療(主として排卵誘発です)に大別されます。次に、妊娠の予後(その後の経過)ですが、これは、流産、死産、生産(出生)に分かれます。出産は、死産と生産を合わせたものです。この中で、法律や学会の方針などにより全国レベルで多胎に関する統計データが得られるのは、死産数と出生数(厚生労働省による人口動態統計)、ARTによる妊娠数、分娩数、出生数(日本産科婦人科学会による生殖補助医療統計)など限られたものです。データの重要性、データを収集・管理する予算的負担などを考えると、限られたデータしか得られないのは仕方がないことです。

 多胎出生割合(出生児1000人に対する多胎児の数)の年次推移を見てみます。人口動態統計から出生数は分かりますが、妊娠の種類に関する情報は得られません。不妊治療が普及する前の1971年~1976年あたりでは11でしたが、1988年に13を超えると、以後急増し2005年にはピークに達し22となり倍増しました。その後減少し2011年現在は18です。

 多胎出生が大幅に増加した理由として考えられるのは、①不妊治療の普及、②晩婚化に伴う自然の多胎妊娠の増加があげられます。①に関しては、一度に複数の排卵を誘発したり、複数の受精卵(胚)を胎内に移植すれば当然多胎の発生頻度は高まります。②に関しては、一般に二卵性ふたごの出産頻度は40歳くらいまでは年齢と共に増加することが知られています。このうち多胎出生の急増の主たる原因は不妊治療です。

 では、不妊治療においてARTと一般不妊治療による多胎妊娠のどちらの影響の方が大きいのでしょうか。

 ARTに関しては、日本産科婦人科学会が施設登録制を実施しており、データを収集し、一部公表しています。一般不妊治療による不妊治療はART登録施設以外でも広く実施されており、その実態は殆ど不明といった方が良いでしょう(そのような理由で冒頭の調査が行われたわけです)。限られた公表データを使い、いくつかの仮定の下に、妊娠の種類別の多胎の出生割合(出産の割合でも分娩の割合でも実際には大差はありません)の推定した結果をご紹介します。詳しくは、Twin Research and Human Genetics 14(5) 476-483, 2011. とJournal of Epidemiology, 21(6), 507-511, 2011 を参照ください。

 まず、自然の多胎出生割合が母親の年齢に依存することに注目し、人口動態統計の母親の年齢階級別出生数から、自然の多胎出生の数を推定します。全体から自然妊娠の多胎児数を引けば、不妊治療による多胎児数が推定できます。実際には、人口動態統計の年齢階級別の出生数には不妊治療による出生数も含まれるので、この推定方法だと自然の多胎出生数をやや多めに見積もることになります。

 分析の結果を見ると、過去30年の多胎出生の増減は不妊治療の多胎児の増減とほぼ一致します。つまり、多胎出生が増加した主たる原因は不妊治療だと推定されます。ただし、不妊治療の影響が大きいとはいえ、数的には自然妊娠の方が不妊治療よりも上回ると推定されています。不妊治療による多胎児数がピークに達するのは2004年~2005年で、大体多胎妊娠全体の50%です。2010年現在(現時点での最新公表データです)、多胎出生全体の60%が自然妊娠、40%が不妊治療と推定されます。

 次に、不妊治療をARTと一般不妊治療に分けてその動向を推定します。ARTによる出生数のデータは2007年以降しか公表されていないので、それ以前は全ての出生数(児の数)と分娩数(母の数)を基に多胎児の数を推定します。不妊治療による多胎児数からARTによる多胎児数を引けば、一般不妊治療による多胎児数が推定できます。

 分析の結果を見ると、不妊治療に限っていえば、大部分の年において多胎出生は一般不妊治療の方が、ARTよりも多いと推定されます。不妊治療による多胎というとどうしてもARTばかりが注目されがちですが、現実には一般不妊治療の影響が無視できないということです。ARTによる多胎出生は2005年をピークに急速に減少します。これは、単一胚移植が標準的になってきた影響であると思われます(この点については次回のメルマガで解説します)。2010年現在、不妊治療中の60-65%程度が一般不妊治療によるものと推定されます。つまり、単一胚移植が確実な効果を見せている現在、不妊治療による多胎妊娠の予防は、適切な一般不妊治療の問題へと変わりつつあるといってもよいでしょう。

 冒頭の記事の調査では、回答率が62%ですから、仮に回答しなかった医療機関でも同じ割合で多胎妊娠があれば、全体で1748件と推定されます。ARTによる多胎妊娠数が2009年で1917件、2010年で1946件ですから、それと比較すると、今回の結果は若干少ない印象を受けます。これには以下の理由が考えられます。まず、不妊治療中の60-65%が一般不妊治療によるという推定が過剰な見積もりである可能性です。次に、今回の調査で、回答した施設でも全例を回答していなかった可能性があります。また、回答していない医療施設で、より多くの多胎妊娠が発生していた可能性も考えられます。

 また、単胎妊娠の数が得られていないので、一般不妊治療全体に占める多胎妊娠の割合がどの程度なのかは分かりません。つまり「少なくとも多胎妊娠1000件」だけが独り歩きする可能性があります。いずれにしても、今回の調査は、一般不妊治療などの外来治療の現場で多胎妊娠が決して無視し得ない数であることを具体的に示した点で意義があります。実は、海外の先進諸国においてもART以外の不妊治療について、組織的な登録や実態把握がなされていないことが以前から指摘されています。

 調査結果では、ART登録施設ではARTによる多胎だけでなく、同時に一般不妊治療による多胎が多数発生していることも明らかになっています。また、分娩の結果まで把握されている例は一般不妊治療による多胎妊娠の45%に過ぎない実態も明らかになっています。今回の結果を受けて、外来不妊治療での継続的な実態把握などを含めて、日本産科婦人科学会で具体的な方針が定まるには、まだまだ多くの時間を要すると思います。今回の調査結果が、多胎妊娠の予防など狭い意味での産科臨床上の問題に終わるのではなく、不妊治療におけるカウンセリングや多胎育児に対する情報提供など、多胎育児支援全般に関わる対応へとつながることを期待したいと思います。

「誘発剤で多胎妊娠、年1000件…4割が飲み薬」(2013年7月8日 読売新聞)はこちら 
→ https://www.qlifepro.com/news/20130709/multiple-pregnancies-over-the-years-1000-clomid-pills.html

大木秀一 石川県立看護大学健康科学講座

JAMBA News №37号 より