多胎児の出生確率は、話題として良く聞かれるものの一つです。双子の場合は出生数が比較的に多いため、統計から出生頻度を参照することが可能です。最近の日本の双生児分娩率はだいたいで1%。一卵性双生児の出生確率は世界的に0.4%程度の確率ですから、日本の二卵性双生児の出生確率は0.6%ぐらいになります(ただし、統計では卵性別の出生数を記録していません)。ところが、三つ子や四つ子の出生確率となるとかなりアバウトです。統計的に信頼できる数字を出せないということもありますが、多くの数字は何故かひどく曖昧です。これには幾つかの理由があります。とりあえず2,3の仮定をおき、三つ子と四つ子の出生確率を計算しながら考えてみましょう。まず以下の仮定をおいておきます。
さて、確率計算は場合分け(パターン)を考えることが基本です。三つ子の場合、以下の図のように受精卵の分裂がパターン化されます。黒丸(●)が分裂した受精卵で、白丸(〇)が生まれてくる受精卵です
では、一卵性の三つ子の出生確率を計算します。一卵性の場合、一つの受精卵が二つに分かれた後、どちらか一方がもう一度分裂するため、確率の「場合分け」のパターンが二つあります。確率0.4%で生じる受精卵の分裂(多胚化)が二回でそのパターンは二つと考えるため、一卵性の確率は以下のように計算されます。
一卵性 : 0.004×0.004×2= 0.000032(10万分の3.2)
二卵性の場合は、多排卵により生じた二つの受精卵の一方が多胚化するため、やはりパターンは二つ。三卵性はパターンが一つです。多排卵の確率を0.6%(二卵性双子の出生確率)とすると、それぞれの確率は以下のようになります。
二卵性 : 0.006×0.004×2パターン= 0.000048(10万分の4.8)
三卵性 : 0.006×0.006= 0.000036(10万分の3.6)
卵性を問わない三つ子の出生確率 : 三つの数字の合計 = 1万分の1.16
ここ15年ぐらいの実際の三つ子出生は1万分の1.5ぐらいですから、大きく外れてはいません(でも近くもありません)。どうして数字がズレるのかについては後述するとして、次に四つ子の出生確率を計算してみましょう。四つ子の場合は多胚化のパターンが増えますが、確率計算は基本的に三つ子の場合と同じです。
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一卵性 : 0.004×0.004×0.004×5パターン = 0.00000032 (1千万分の3.2) 実際の四つ子出生率(4出生)は、ここ15年ぐらの平均でおおよそ100万分の2.2。三つ子の出生確率でもそうでしたが、計算された数字は外れてもいませんが当たっているとも言いかねる数字です。現実の100万分の2.2の確率になるように多排卵の確率を逆算すると、(3次方程式の虚数解を除く解として)約0.8%になります。日本では自然妊娠による二卵性双生児の確率は0.2%ぐらいですが、生殖補助医療などの影響を考慮すると、これぐらいの数字で良いのかも知れません。 多排卵確率を0.8%に修正した場合、卵性別の四つ子出生率は以下のようになります。 一卵性 : 0.004×0.004×0.004×5パターン = 0.00000032 (1千万分の3.2) 実はこの数字の修正に、多胎児の出生確率が曖昧になる原因があります。確率計算の結果は、なぜ微妙にズレた数字になるのか。実のところ、前提としている仮定で置いた数字(0.6%と0.4%)がおかしいのです。大きく二つの問題があります。 |
第一に、複数の排卵が生じる確率が分からないのです。遺伝的に多排卵となる体質の方がいることはわかっています。しかし、3個や4個といった数の受精卵が生じることを、独立した確率事象とみなすことができるのか?というと、答えは否です(例えば、2個の排卵が生じる可能性を1%とした場合、3個の排卵が生じる可能性を単純に0.01%と言えるのかというと、ちょっと無理です)。そもそも受精卵自体が多い場合、生殖補助医療等による人為的な原因も介在しています。また短い一定の間隔で排卵が生じている可能性もあれば、一度に複数の排卵が生じている可能性、あるいは全くのランダムという可能性もあります。この確率を一定の数値として計算すること自体がおかしいのです。
第二に、多胚化が生じた受精卵が二度目の多胚化をする場合、一度目と同じ確率で発生すると見なしてよいのか?という問題があります。受精卵が分裂する現象を、独立した確率事象と考えることが妥当なのかどうか。今のところわかっていません。もし多胚化の確率が一定なら、一卵性の六つ子が報告例としてあって良いはずですが、今のところ一卵性の多胎児は五つ子までしか報告がありません。
つまり高次の多胎児の出生確率は、計算に必要となる前提が不確かなため本来は計算すること自体が出来ないのです。
五つ子の場合の確率計算例です。四つ子と同じ多排卵率(0.8%)で計算します。
一卵性 : 0.004×0.004×0.004×0.004×14パターン = 3.58E-09 (10億分の3.58)
二卵性 : 0.008×0.004×0.004×0.004×14パターン = 7.17E-09 (10億分の7.17)
※一卵性の「双子+三つ子」(4パターン)&「1卵性+四つ子」(10パターン)で14パターン
三卵性 : 0.008×0.008×0.004×0.004×9パターン = 9.22E-09 (10億分の9.22)
※一卵性三つ子+2(6パターン)、一卵性双子2組+1(3パターン)の9パターン
四卵性 : 0.008×0.008×0.008×0.004×4パターン = 8.19E-09 (10億分の8.19)
五卵性 : 0.008×0.008×0.008×0.008×1パターン =4.10E-09 (10億分の4.1)
五つ子 : 3.23E-08 (1億分の3.23)
2004年-2017年の五つ子分娩件数は12です。出生率としては8.1E-07(1000万分の8.1)ですから、1億分の3.23と比べると随分とかけ離れた数字です。多排卵率を実際の数字に合わせるように逆算すると、2.63%という数字(虚数と負の解を除く)が出てきます。四つ子の0.8%と比べてもかなり高いレートでなければ、現実の数字と合いません。かといって多胎の次数毎に多排卵率を変更するなら、確率計算そのものが意味をなしません。要するに、確率計算自体ができないのです。
ちなみに、日本の年間分娩件数を100万件と考えた場合(2017年は95.6万件)、一卵性の四つ子は3~4年に一組、一卵性の五つ子は300~400年に一組ぐらいが誕生することになります。世界全体(2017年は約1.4億人)なら一卵性の五つ子が、数年に一組ぐらいのペースで生まれてもおかしくありません。しかし実際に生まれてくるケースは、せいぜい数十年に一組です。高次の多胎では「多胚化の確率」も不明であるという証左です。